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高校生のキャリアデザインの方向性

志望理由の構築に関r年して

代表の神崎です。

 

高校生のキャリアデザインの流れは2方向ある。「川下り型」「山登り型」(多分、両者を行き来する、というのが正しいのだろうけど)。


川下り型は「職業選択」→「学部選択」
山登り型は「学部選択」→「職業選択」
 

前者。特定の職業に触れ、憧れを抱き、就きたい仕事を決める(これを「夢を抱く」という)。そのあとに、なぜその職業なのかを考え、それに近づける学部を選択する。
後者。興味のある学問を探り、時にはオープンキャンパスや模擬授業で学問に触れ、学部を選択し、その成果をもとに職業選択をする。
 

でも、いずれも学部での学びをあくまで「勉強」に近い位置づけとして捉えている。
勉強とは既存の知識に追いつくためのものとして捉えること。
学問を究めるというのは、そういうことではない。既存の知識を横目に、新たな知識を構築する、まさにクリエイティブな営み。解明されていないことや答えが割れている問題や課題を解き明かすという試みに他ならない。
 

しかし、高校生は「学校は勉強するところ」というのが当たり前だと捉えているから、学問と勉強を混同しがちになる。だから、既存のことを「覚えればいい」という感覚で学問を捉えてしまう。
しかも、前者ならともかく(職業に就くための勉強をするというとらえ方は強ち間違いではない)、後者ものちに待つ「新卒採用」を念頭に置いて学部を選びがちだから、「役に立つか立たないか」といった視点で学部での学びを捉えてしまいがち。
 

また、前者は「未来に新しい職業が生まれること」「今ある職業が衰退すること」を想定していないということだから、将来高校生を路頭に迷わせる要因にもなる。
 

私はこうした様子を高校の現場で死ぬほど見てきて、ずっと疑問を抱いていた。
なぜ高校生は学びが退屈そうなのだろうか。逃げるのだろうか。学びに対してつまんなそうにしているし、大学でガチで学ぼうという気概を感じない。
志望理由もどこかの模範解答を見ているみたいでつまんないし、応援する気も起らない。
それは、就きたい職業を選択することに縛られているからなのか、自分の学びたいことに出会えていないからなのか…
 

だから、私は「クリエイティブキャリアデザイン」を提唱している。これは「山登り型」の発展形。
 

「探究」→「学部選択」→「職業選択(起業含む)」
 

学問の出発点はやはり自己の興味から「探究」をし続けること。自分の体験を契機に小さな違和感(「なぜ?もっと知りたい」「何か変だ」)をもとに仮説・調査・検証を重ね、もっと専門的に探究するために学部を選ぶ。そして、その学びの延長線上に職業を位置づける。仕事がなければ起業すればよい。
 

自分が興味ある探究を突き進め、創造的に人生設計するスタイルだから「クリエイティブキャリアデザイン」と呼んでいる。
 

ただ、この「探究」、邪な思いが混じると、「自分が」探究したいことと離れてしまう。「就職に有利かどうか」とか、「この大学に入りたいから、関連する探究を」とか、考えた瞬間に、自分の素直な探究心からかけ離れてしまう。
「本当にこれを探究したかったのか」という疑念を抱くということ。
 

現状では受験学年から(正確には偏差値による大学受験を見据えた進路指導を始めてしまった段階から)探究をはじめることは、本人にとって苦しくなりがち。
私の塾や学校内予備校講座ではそのあたりを指摘するから、特に「川下り型」の高校生のキャリアデザインを思いっきりぶっ壊すことになるし、探究しても邪な気持ちが入り混じって辻褄合わせに走るようになり、迷走することがよく発生する。
 

正直言うと、偏差値での指導中心の20世紀型教育ガッチガチの高校ほど「川下り型」でキャリア教育をしがちで(職業講和は悪いとは言わないが、それよりも探究活動に時間を割いたほうがよいと思うのだが…)、私のキャリア形成のありかたと異なるんだよなぁ…いままで数百の高校に足を運んだ経験上、こういう高校が大半。
 

日本の高校現場の現状(偏差値による大学受験指導)では、私の提唱する「クリエイティブキャリアデザイン」は難しいのかもしれないと、挫けそうになることがよくある。
やっていることは大きな事なのだけれども、なかなか広がらない…

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