高山です。皆さんは、この夏をどのように過ごしましたか?私はどんなに暑くても全力で遊びたくてウズウズしている息子の相手に毎日疲れ切って過ごしました。

子供が小学生となり勉強が生活に加わって初めての夏休み、私はずっとプレッシャーを感じていました。それは「私が息子の勉強に向き合わなければいけない」という習慣、姿勢に対してのものでした。本人も夏休みの宿題と言うノルマには一応向き合います。しかし、それに自分で取り組む、自分から勉強をすることはまだできません。入学から数か月、なんとか学校にも慣れたペースがここでリセットされる上に毎日気ままに過ごしていたら、あっという間に勉強のことなど忘れるだろうという焦りがありました。早寝早起き、基本的な生活習慣、規則正しい生活etc 様々な言葉が耳に入ってきますが、どれも子供単独で成り立つものではなく、全てが親の肩にかかっている、そんな重圧がありました。とにかく毎日少しずつ決まった量の勉強をしようと本人に説明し、揉めながら、褒めながら、飴と鞭でなんとか実行しましたが一年生が飽きずに出来る問題量など知れていて、集中すればほんの30分ほどで終わってしまいます。これがどこに繋がるのかはわからないままに、継続に意味はあるだろうと自分に言い聞かせた1ヶ月間でした。

そんな、親がリードして勉強させる日々はいつから変わっていくのでしょう?少なくとも一般的に中学生頃には自発的に勉強をする姿勢が求められるようになります。日々のノルマ、やらないと怒られるからなど、様々な背景のもとに「勉強しなくてはいけない」という意識付けはある程度確立され、中学に入り、高校受験に向き合う頃には、親と机に向かうのではなく、単独でのその姿勢が出来てくるという感じでしょうか?では、その「自主的な勉強」ですが、中高生の試験勉強は本当に自主的な勉強なのでしょうか?更に言えば、大学受験に向けて、合格に向けて必死に勉強することはどうなのでしょう?目的をもって、そのために勉強すること、その意欲にも心掛けにも自主性は必要です。ただ行う「勉強」の種類は違うように思います。大学受験もキレイごとでは通過できませんので、そんな向き合い方も実際に必要ですが、本当に自分の中から湧き出る気持ちや意欲として向き合う自主的な学びは本来違う姿のものではないかと思います。

実際、現在の学校教育の中で、自分が本当に好きで興味のあること、勉強したいことに使える時間も機会も多くはないでしょう。しかし、大学での学びというものこそ、自分で選び、自分で考えて学ぶというものです。これを勉強しなくてはいけないという決まったものを辿ることはこれまでの学校生活で知っていても、自分で好きなように好きなことを勉強しようとなると戸惑う人も多いように思います。大学に進学するということは、まさにそこに向き合うことであるという認識をまずは持って、しっかり考えて大学受験に向き合ってほしいと思います。

そんなことを考えながらもなんとか我が家の夏休みは終わりました。が、まだまだ消えないプレッシャーを背負いつつ、いつか来るかもしれない大学受験に向けて、親として出来ることを頑張って伝えていかなくてはと改めて思っています。
 

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