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授業の風景(2)フリーディスカッションと弊塾で培われるマインド

受講生が弊塾の指導で育つマインドとは

先日、為末大氏のブログを拝見しました。

以下引用します。

「これからは動機がある選手が抜きん出て、自分では頑張れない選手は脱落する。ビジョンとやる気がある人間にとっては素晴らしい時代が到来する。ビジョンとやる気のない人間にとっては苦しい時代がやってくる。流れはおそらく戻らないだろう。成長の責任は組織から個人に戻されたと言えるのではないか。」

AO・推薦入試対策の現場も、まさにこんな感じです。
ビジョンを自分でどう定め、やる気をどう生み出すか。
それが私の最初の仕事です。

しかし、途中で失速する高校生もいます。

だいたい偽りのビジョンを掲げるか、ビジョンの達成に壁を感じて手放そうとするか、ビジョンなく大学・学部・学科を選んで後付けで志望理由を考えるか。


成長の責任は個人にあるはずなのに、それを誰かに委託する高校生がいることに疑問を抱きます。

先日、弊塾の受講生がたまたま数人集まったので、為末氏の記事を囲みながらディスカッション大会になりました。


今回ディスカッションの話題になった、為末氏が指摘するスポーツの現場のまとめを引用。

 

  1. 選手はまずは意味がわからない。そもそも自分がどうなりたいかもわからない。
  2. コーチが踏み込み、選手に型を教え、どうなるべきかのビジョンを示す
  3. 選手は言われたことに従う。途中苦しい事や、もう限界だと思う機会もあるがみんなで力を合わせたり、またはコーチに叱咤激励されながら踏ん張る。
  4. 3を抜けた瞬間に大きな成長がもたらされる。選手もこれまで知らなかった新しい自分に出会う。
  5. 少しずつ選手が自走していく。

話を聞くと、為末氏が指摘するスポーツの現場にピッタリ合う部活動もあるし、そうでもないところもあるそうです。
後者の場合は学生自治。

しかしながら、話を聞けば聞くほど、「コーチ」が「先輩」「同級生の声のデカい奴」に入れ替わっただけで、構造自体は変わりません。

 

為末氏のいう『成長の委託』からどう脱却するか。これが問題だといいます。

 

そして、生徒たちに「この塾ではどんな感じ?」と尋ねました。

すると、上記の手続きを組み替えると以下のようになるといいます。

 

  1. 選手はまずは意味がわからない。そもそも自分がどうなりたいかもわからない。
  2. コーチは踏み込むが、選手に教える型はあくまでも枠組みだけで、どうなるべきかのビジョンは選手自身で決める。
  3. 少しずつ選手が自走していく。
  4. 途中苦しい事や、もう限界だと思う機会もあるがみんなで力を合わせたり、またはコーチに叱咤激励されながら踏ん張る。
  5. 4のなかで選手はこれまで知らなかった新しい自分に出会う。
  6. 3〜5を振り返ると大きな成長がもたらされることを自覚する。
  7. 選手がさらに自走していく。

なるほど。
成長は生徒がもたらした、というわけですね。

彼ら彼女らは、私の思う通りの受験生に変貌しました。

素晴らしいです。


追伸

個人的な感覚として、AO推薦の合格不合格、私のもとで成長できるかできないかは上記の2(コーチは踏み込むが、選手に教える型はあくまでも枠組みだけで、どうなるべきかのビジョンは選手自身で決める。)次第ではないかと仮説を持っています。
ビジョンを嘘偽りなく自分で持った生徒は伸びるし、そうでなければ伸びなません。

ビジョンすら委託する受験生、いますから…
あとは、面倒くさがりやは伸びません。

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